人間はぜ前に進むことができるのか、考えたことはありますでしょうか?
そもそも、人間の身体の重心のベクトルは下に向かっています。しかし、歩行は前方へ移動する動作です。
歩行する際は、下に向かう重心のベクトルを前方へ変換しなければなりません。
そこで必要となるのが、“ロッカー機能”と呼ばれるメカニズムです。
歩行分析において、このメカニズムを理解しておくと、物理学的な視点からの観察が可能となり、臨床で非常に役立ちます。
ここでは、歩行分析における重要なバイオメカニクスとして3つの回転軸(ロッカー機能)について解説します。
歩行分析で重要なバイオメカニクスとは?
歩行における身体重心の前方への推進には、重力が駆動力として利用されます。
身体に作用する重力の作用は「揺りてこ」の原理に基づき、足底に作られた支点を中心とする回転運動に変換されます。
正常歩行では、身体が回転する支点は、立脚初期には踵にあり、その後、足関節へと移動し、さらに立脚後期には中足指節間関節へと移動します。
歩行における3つの回転軸をそれぞれ、ヒールロッカー、アンクルロッカー、フォアフットフロッカーと呼び、重要な歩行のバイオメカニクスと位置づけています。
歩行分析における3つの回転軸、ロッカー機能
3つの回転軸(ロッカー機能)は、以下のタイミングで機能しています。
第1回転期=ヒールロッカー:踵接地〜全足底接地まで。身体は踵を中心に回転します。
第2回転期=アンクルロッカー:全足底接地〜踵離地まで。身体は足関節を中心に回転します。
第3回転期=フォアフットフロッカー:踵離地〜爪先離地まで。身体は中足指節間関節を中心に回転します。
ここからは、3つのロッカー機能それぞれの役割と評価についてご説明していきます。
ヒールロッカー(第1回転期)
第1回転期であるヒールロッカー(heel rocker)についてご説明します。
役割
踵接地時に重心は最高点から一気に最下点へ落下します。
2cmの重心の落下は、すさまじい衝撃となって身体各部位へ伝達されます。
もしも、この衝撃を全く吸収しなかったら、骨や関節、内臓、脳は大きなダメージを受けることになるでしょう。
そのため、踵接地時には、前脛骨筋、大腿四頭筋、ハムストリングス、脊柱起立筋など、この時期に活動するほとんどの筋が遠心性収縮を行い衝撃の吸収に関わっています。
これらの筋の作用によって、通常の歩行では踵接地時の衝撃を体重の1.2倍程度まで抑えることが可能となります。
一方、活動しているすべての筋が衝撃吸収に関わり遠心性収縮をすると、身体は前方に回転することができず、接地のたびに重心が一旦静止して、また前方に回転するというぎこちなく効率の悪い動作になってしまいます。
前述したように、接地直後は全ての筋が遠心性収縮をして衝撃を吸収しているため、関節周りで前方への回転運動を作り出すことはできません。
そこで、身体は関節以外の場所、すなわち踵の形状を使って前方回転を実現させています。
ヒールロッカーだけが関節以外の場所で回転運動を起こしているのはこのためです。
片麻痺患者のように踵接地が十分に行えず、ヒールロッカーが欠落するような歩行動作では、重心が一旦停止するため、そこから再び前方へ能動的に回転運動を起こさなくてはならないのです。
評価
ヒールロッカー機能の障害が顕著となるのは、荷重応答期です。
荷重応答期に膝関節が過伸展すると、下腿の前方への動きが制動され、ヒールロッカー機能が障害されます。
「【歩行分析】足関節と中足指節間関節の角度と動きを徹底紹介」で、その特徴を解説しています。
アンクルロッカー(第2回転期)
第2回転期であるアンクルロッカー(ankle rocker)についてご説明します。
役割
アンクルロッカーは、足関節を中心として重心が前方に回転していく時期です。
膝関節と股関節が伸展して立脚中期に身体は鉛直配列に近づきます。
立脚中期をすぎると身体は重力によって前方に回転する力を受け始めます。
身体が何もしなければ、回転の速度は重力加速度に比例して増加し続け、ゆっくりと一定の速度で歩くことはできません。
そこで、身体の前方回転にブレーキをかけるため、ヒラメ筋が遠心性に収縮します。
評価
アンクルロッカー機能を評価するには、立脚中期における足関節の機能的意義に着目することがポイントとなります。
「【歩行分析】足関節と中足指節間関節の角度と動きを徹底紹介」で、その特徴を解説しています。
フォアフットロッカー(第3回転期)
第3回転期であるフォアフットロッカー(forefoot rocker)についてご説明します。
役割
立脚後期になると、身体の回転軸は足関節から中足指節間関節へと移動します。
立脚中期で最も高い位置にあった重心は、立脚後期に下降していきます。
この時期の反対側下肢は遊脚後期を迎え、前方に下肢を振り出している時期にあたります。
下肢を前方へ向かって十分に振り出すためには、時間的余裕が必要になります。
しかし、立脚側の足関節を中心とした円軌道では、前方へ回転していくに従い、重心位置がどんどん下降するため、遊脚肢を前方に振り出している時間的余裕を稼げません。
そこで、重心の下降を緩やかにするため、足関節を中心とした回転運動から中足骨を中心とした回転軌道に変えて、円軌道を上方へ修正しているのです。
つまり、ステップ長のコントロールを立脚後期のフォアフットロッカーが行っているということです。
この回転軸の移動には、強力な腓腹筋の筋力が必要となり、最大筋力の60%から80%もの筋力を使っているという報告もあります。
したがって、腓腹筋の筋力が低下すると、ステップ長を調整することが難しくなります。
フォアフットロッカーのもう一つの役割は、重心移動の方向をコントロールすることです。
足関節の軸は、矢状面に対して1軸であり、足部の向きによって回転する方向が決まってしまいます。
これに対して中足指節間関節の矢状面に対する軸は、母指側の軸は斜め内側を向き、小指側は斜め外側を向きます。
中足指節間関節で身体を回転させるときに、母指側と小指側の軸を使い分ければ、身体をどの方向にも回転させることが可能となります。
フォアフットロッカーが十分に機能しない高齢者が方向転換時に転倒しやすいのは、身体が進もうとしている方向とロッカーの方向が一致しないからなのです。
アンクルロッカーは、足部の向いた方向にしか回転できません。
よって、方向を変換して重心軌道を斜め内側や、斜め外側に回転することはできません。
フォアフットロッカーが十分に機能しているからこそ、人間は自由に身体が回転して行く方向をコントロールできるのです。
評価
フォアフットロッカー機能の評価を行うには、立脚後期の踵離地での中足指節間関節の評価が必要となります。
詳細な評価の手順に関しては、「歩行分析で主要問題点を見極めるには?9つのポイントをご紹介」で解説しています。
〈参考文献〉
1)石井慎一郎.動作分析 臨床活用講座 バイオメカニクスに基づく臨床推論の実践 第7版 株式会社メジカルビュー社20152)Kirsten Gotz-Neumann (2014) 観察による歩行分析 原著 第1版第14刷 医学書院
まとめ
人間がスムーズに前方に進み歩行するための3つのロッカー機能についてご紹介しました。
歩行分析における重要なバイオメカニクスとして理解を深め、臨床に役立てましょう。