近年、日本企業において「健康経営」という概念が注目を集めています。
健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践することを指します。
本コラムでは、健康経営の重要性と、その実践例、そして効果的な施策について詳しく見ていきます。
健康経営の背景と重要性
健康経営が注目される背景には、日本社会が直面する様々な課題があります。
少子高齢化による労働力不足、長時間労働の是正、メンタルヘルス問題の増加などが挙げられます。
これらの課題に対応するため、企業は従業員の健康維持・増進を重要な経営戦略の一つとして位置づけるようになりました[3]。
健康経営の重要性は以下の点にあります。
1. 生産性の向上
2. 医療費・健康保険料の抑制
3. 従業員の満足度・モチベーションの向上
4. 企業イメージの向上
5. 人材確保・定着率の向上
健康経営の実践例
1. ウォーキングイベントを活用した取り組み
スマートフォンアプリを使ったウォーキングイベントの効果
KDDIグループが実施したウォーキングイベントは、スマートフォンアプリを活用し、従業員の歩数を記録することで、健康経営の一環として行われました。この取り組みの具体的な内容とその効果について詳しく見ていきます。
取り組みの具体的内容
1. スマートフォンアプリの使用
– 従業員の業務用スマートフォンにウォーキングアプリ「スマホdeウォーク」をインストール。
– アプリはiPhoneのヘルスケアアプリと連携し、歩数データを取得。
– 歩数データは5分おきにアプリ内部で取得され、サーバに送信。
2. ランキング表示
– 歩数データは部署ごとの平均歩数として集計され、アプリおよび社内ディスプレイにランキングとして表示。
– ランキングは5分ごとに更新され、過去のランキング情報も表示。
3. 社内ディスプレイでの結果公開
– 社屋内の主要な場所に大型ディスプレイを設置し、部署ごとの歩数ランキングを表示。
– ディスプレイはオフィス内の人の動線や休憩時に目に付きやすい場所に配置。
効果の確認
この取り組みにより、以下の効果が確認されました。
1. 普段の歩数の少ない従業員の歩数増加
– イベント期間中、普段歩数の少ない従業員の歩数が増加。
– 特に、健康意識の低い層や普段運動しない層に対して効果が顕著に現れた。
2. 職場内コミュニケーションの活性化
– 部署間の歩数ランキング表示により、自然と歩数に関する会話が生まれた。
– 職場内でのコミュニケーションが活性化し、チームビルディングにも寄与。
KDDIグループのウォーキングイベントは、スマートフォンアプリを活用した効果的な健康経営施策の一例です。
歩数の記録とランキング表示を通じて、従業員の健康意識を高めるとともに、職場内のコミュニケーションを促進することができました。 このような取り組みは、他の企業においても参考になるでしょう[3]。
2. 食品メーカーの健康経営施策
ある大手食品メーカーでは、以下のような健康経営施策を実施しています[1]。
– 健康診断の受診率向上
– 特定保健指導の実施率向上
– 運動習慣者の割合増加
– 喫煙率の低下
これらの施策により、従業員の健康意識が向上し、生活習慣の改善につながっています。
3. 電機メーカーの取り組み
大手電機メーカーでは、以下のような健康経営施策を展開しています[1]。
– メンタルヘルス対策の強化
– 生活習慣病予防プログラムの実施
– 禁煙支援プログラムの提供
これらの取り組みにより、従業員の健康リスクの低減と、労働生産性の向上が図られています。
効果的な健康経営施策の設計
健康経営を効果的に実践するためには、以下の点に注意して施策を設計することが重要です。
1. 行動変容理論の活用
健康行動の変容を促すためには、以下のような理論を参考にすることが有効です[3]。
– Social-cognitive theory(社会的認知理論)
社会的認知理論は、カナダ人の心理学者であるアルバート・バンデューラによって提唱された理論で、人間の行動は観察学習、自己効力感、環境要因、個人要因の相互作用によって決定されるとします。
観察学習は他者の行動を見て学ぶ過程を指し、自己効力感は特定の行動を成功させる能力に対する自信を指します。環境要因は外部の影響、個人要因は信念や態度など内部の影響を意味します。これらが相互に影響し合い、行動が形成されます。
例えば、ある人が健康的な食生活を始めたいと思った場合、その人の意思(個人的要因)、周囲のサポート(環境)、そして実際に健康的な食事を選ぶこと(行動)が相互に影響し合って変化します。
この理論は特に「モデリング(他者の行動を見て学ぶ)」と「自己効力感(自分にはできるという信念)」が重要な要素となります。例を挙げると、友人が運動を続けている姿を見て「自分もできる」と感じることで、自分も運動を始めることなどです。
– Theory of planned behavior(計画的行動理論)
計画的行動理論は、アイゼンとフィッシュバインによって提唱され、行動の意図が行動を予測する最良の指標であるとします。行動意図は「態度(行動に対する個人の評価)」、「主観的規範(周囲の期待)」、「行動コントロールの認識(行動を実行できるという自信)」の3つの要因によって形成されます。
態度は行動に対する個人の肯定的または否定的な評価を指し、主観的規範は周囲の期待に基づく行動の圧力を指します。行動制御の認知は行動を実行する際の自己の能力や資源に対する認識を意味し、これらが相互に関与して行動意図を決定します。
例えば、ジョギングを始めたいと考えている人の場合、その人がジョギングを良いことだと評価し(態度)、友人や家族が応援してくれていると感じ(主観的規範)、自分にはジョギングを続ける力があると信じている(行動コントロールの認識)ならば、実際にジョギングを始める可能性が高まります。
この理論は、行動を起こす前にその意図を強化することが重要だと教えてくれます。
※参考URL https://sgs.liranet.jp/sgs-blog/4784
– Transtheoretical Model(行動変容ステージモデル)
行動変容ステージモデルは、プロチャスカとディクレメンテによって提唱され、行動変容は段階的に進行するとします。このモデルは5つのステージから成り、前熟考(無関心期)、熟考(関心期)、準備、行動、維持の各段階を経て行動が変容します。前熟考は行動変容を考慮していない段階、熟考は変容を検討している段階、準備は行動を具体的に計画する段階、行動は実際に行動を起こす段階、維持は新しい行動を持続させる段階です。
例えば、禁煙を考えている人を例にとると、最初は問題に気づいていない「前熟考」段階から始まり、問題を認識し始める「熟考」段階、具体的に行動を始める準備をする「準備」段階、実際に禁煙を始める「行動」段階、そして禁煙を続ける「維持」段階へと進みます。
このモデルは各ステージで異なる支援が必要であることを示しており、より効果的な行動変容を促すことを目指します。例を挙げると「前熟考」段階では意識を高めることが重要で、「維持」段階では継続をサポートすることが求められます。
※参考URL:https://www.youtube.com/watch?v=dsd3WFGQKU4
これらの理論を踏まえ、従業員が健康行動の目的や意味を認識できるようなアプローチを設計することが重要です。
2. Persuasive Systems Design (PSD)の活用
ICTを活用した健康促進システムの設計には、PSDモデルの考え方が有効です[3]。
特に以下の要素に注目することで、効果的な施策を設計できます。
– Competition(競争): オンライン上で競争できる環境を用意し、ユーザーの競争意識を引き出します。例えば、ランキングやバッジシステムを通じてユーザーが他者と比較し、モチベーションを高めることができます。
– Cooperation(協力): グループ単位でのパフォーマンスを示し、協調意識に働きかけます。共同目標の達成を目指すことで、ユーザー間の連帯感を強化します。
– Self-monitoring(自己監視): ユーザー自身が行動を振り返る機会を提供します。これにより、自分の進捗を確認し、目標に対する自覚を高めます。例えば、健康アプリが日々の運動や食事の記録を取る機能を提供することが考えられます。
3. インセンティブの活用
健康行動を促進するためのインセンティブとして、以下のような方法が考えられます[3]。
– ポイント付与制度 – 自然保護団体への寄付
– 抽選による賞品プレゼント
ただし、インセンティブの種類や金額によって効果が異なる点に注意が必要です。
また、インセンティブがなくなった後の継続効果についても考慮する必要があります。
4. 組織文化への配慮
企業組織特有の規範意識や帰属意識を考慮した施策設計が重要です[3]。
フォーマルな集団である企業では、これらの要因が行動変容に大きな影響を与える可能性があります。
5. 多面的なアプローチ
効果的な健康経営を実現するためには、以下のような多面的なアプローチが必要です[1][2]。
– 健康診断の徹底と結果のフォローアップ
– 生活習慣病予防プログラムの実施
– メンタルヘルス対策の強化
– 職場環境の改善(ergonomics)
– 栄養・食生活改善支援
– 禁煙支援
– ワーク・ライフ・バランスの推進
健康経営の評価と課題
健康経営の評価指標
健康経営の効果を正確に測定し、継続的に改善していくためには、以下のような指標を用いることが重要です。
1. 従業員の健康状態の改善度
従業員の健康状態の改善度を評価するためには、定期的な健康診断の結果や生活習慣病の発症率、メンタルヘルスの状態などをモニタリングすることが重要です。
例えば、血圧や血糖値の正常化割合、体重管理の成功率、ストレスチェックの結果などを指標として使用します。これにより、健康増進プログラムの効果を具体的に捉えることができます。
2. 医療費・健康保険料の変化
健康経営の取り組みによって、従業員の健康状態が改善されると、医療費や健康保険料の削減が期待されます。
具体的には、従業員一人当たりの年間医療費の変化、企業が負担する健康保険料の追加、病気による欠勤日数の減少などを指標として使用します。これは、健康経営が企業のコスト削減にどの程度考えているかにより評価できます。
3. 労働生産性の向上
従業員の健康状態が改善されることで、生産性の向上が期待されます。プレゼンティーイズム(出勤しているが健康上の理由で生産性が低下している状態)の改善度や、アブセンティーイズム(病気による欠勤)の減少、業務効率の向上などを指標として使用します。
これにより、健康経営が企業の生産性向上にどの程度注目していると評価できます。
4. 従業員満足度の変化
健康経営の取り組みが従業員満足度に与える影響を評価するためには、従業員満足度調査を定期的に実施し、その結果を分析することが重要です。の充実度、ワークライフバランスの向上など満足度にどの程度影響を与えるかを把握します。これにより、健康経営が従業員のモチベーションや取り組みにどの程度影響していると評価できます。
5. 企業イメージの向上度
健康経営の取り組みが企業イメージに与える影響を評価するためには、企業のブランド価値や社会的評価、採用活動における応募者数の増加などを指標として使用します。例えば、健康経営銘柄や健康経営優良企業の認定を取得し、メディアで選ばれた方、消費者や取引先からの評価などをモニタリングします。これにより、健康経営が企業の社会的評価や競争力にどの程度注目しているかを評価できます。
これらの指標を総合的に評価することで、健康経営施策の効果を多角的に把握することができます。
健康経営推進上の課題
一方で、健康経営を推進する上では以下のような課題も存在します。
1. プライバシーへの配慮
従業員の健康データを扱う際には、個人情報保護に十分な注意が必要です。 健康データは個人のプライバシーに深く関わる情報であり、正しい取り扱いが求められます。
匿名化や暗号化、アクセス権の厳格な管理、情報漏洩防止のためのセキュリティ対策の強化が必要です。また、従業員からの同意を明確に取得し、データの利用目的や範囲を透明にするこれにより、従業員把握をしながら健康経営を推進することができます。
2. 健康格差の拡大防止
健康意識の高い従業員と低い従業員の間で、健康状態やプログラムへの参加に差が生じないように配慮が必要です。具体的には、多様な健康プログラムを提供し、全従業員が参加しやすい環境を整えることが重要です。
健康意識の低い従業員に対しては、啓発活動や個別サポートを強化し、健康格差の拡大を防ぐ取り組みが必要です。
3. 費用対効果の測定の難しさ
健康経営の基本的な投資に対する具体的な効果を数値化することは容易ではありません。 健康経営の効果は、医療費削減や生産性向上など多岐にわたるため、個別の指標で評価することは難しいさらに、健康経営の効果は当面では見えにくい、長期的な視点での効果検証が必要です。
これには、複数年にわたる長期的なデータ収集と分析が重要です。従業員満足度や企業イメージの向上などの定性的な評価も組み合わせて総合的に判断することが求められます。
4.長期的な効果の検証
健康経営の長期的効果を正しく評価するためには、プライバシーに配慮しつつ匿名化されたデータを継続的に収集し、健康被害の移動を観察しながら、多面的な費用対効果分析を行います。
外部制約の影響を考慮した上で、得られた知見を基に戦略を定期的に見直し改善することで、環境変化や従業員のニーズに適応した持続可能な健康経営を実現することが重要です。
健康経営の評価と推進には様々な課題がありますが、
先ほどご紹介させて頂きましたKDDIグループの事例のように、ICTを活用し、従業員の競争意識や協調意識に働きかける施策を設計することで、効果的な取り組みが可能です。
今後は、長期的な効果検証や費用対効果の測定方法の確立、プライバシー保護と健康格差防止の両立など、さらなる課題解決に向けた取り組みが期待されます。
まとめ
健康経営は、従業員の健康と企業の生産性向上を両立させる重要な経営戦略です。
効果的な健康経営を実践するためには、行動変容理論やPSDモデルを活用し、組織文化に配慮しながら多面的なアプローチを取ることが重要です。
また、継続的な評価と改善を行うことで、より効果的な健康経営を実現することができます。
企業が健康経営に積極的に取り組むことで、従業員の健康増進だけでなく、企業の競争力強化や社会的価値の向上にもつながることが期待されます。
今後、さらに多くの企業が健康経営を経営戦略の中核に位置づけ、持続可能な成長を実現していくことが望まれます。
参考文献
[1]健康寿命日本一へのふじのくにの挑戦!!
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iken/27/4/27_29.022/_article/-char/ja/
[2]日本企業の新型コロナウイルス感染症対策を加味した 健康経営評価モデルの構想
https://www.hosei.ac.jp/application/files/4016/4862/3125/kokyoshirin_no10.pdf
[3]ウォーキングイベントを使った職場における歩行活動の推進
https://www.ayumieye.com/wp-content/uploads/2024/07/IPSJ-DP1004011.pdf
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