歩行機能を分析し、点数化するAYUMI EYE。質の高い歩行をしてAYUMI EYEの点数を高くするためにはどうしたら良いのでしょうか。AYUMI Topicsは、様々な専門家に歩行について伺いながら、良い歩行に役立つ情報を皆様にお届けするシリーズです。
北島康介氏や萩野公介選手を始めとしたオリンピック選手への幅広い指導経験をお持ちであり、現在は株式会社パフォームベタージャパンのテクニカルディレクターを務められている小泉圭介様にインタビューを敢行しました。その様子を5回に渡ってお届けします。
3回目となる今回は、良い歩行に必要な知識とその伝え方や指導方法についてお話を伺いました。
第1回のインタビューはこちら。
第2回のインタビューはこちら。
<Interviewee>
小泉圭介 様
1971年1月、福井県出身。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。理学療法士(認定スポーツ理学療法)、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、日本障がい者スポーツ協会公認障がい者スポーツトレーナー。日本水泳連盟医事委員、日本身体障がい者水泳連盟技術委員。フィットネスクラブでインストラクター経験を積んだ後、理学療法士免許を取得。複数の病院でリハビリテーション業務に携わり、東京衛生学園専門学校専任教員、国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部アスレティックトレーナー、東京スポーツレクリエーション専門学校専任教員を経て令和2年より東都大学幕張ヒューマンケア学部理学療法学科講師を務める。
良い歩行に必要な知識
―良い歩行を目指す際に、最低限知っておいたほうが良い知識というのはどういうものでしょうか。
小泉氏:歩行に限りませんが、物理学だと思います。移動を考えた時に、重心があって、重心線があって、どこに重みがかかっていて、それに対して関節がどちらにあって…という一連の理解です。僕らは地上で生活しているという前提がありますから、そのベクトルからは逃れられません。したがって、どちらにベクトルが向いて、どのような状態になっているかを常に考えています。
加えて、筋肉の関係性が重要だと思っています。最低限の物理学的なイメージ、つまりバイオメカニクスを、指導する方が持っておくといいと思います。
それを利用者さんの指導の際にうまく伝達できて、利用者さんがそのベクトルを感じられるようになると、歩行は変わってきます。「膝がどちらを向いていた」「腰がどちらを向いている」など、利用者さんの動作中の関節の特徴を指導者が説明している場面によく遭遇しますが、本人は鏡をずっと見ていられるわけでもないので、本質的には理解・体感できていないことが多いんですね。
たまたま真っすぐ立位をとった姿勢に関してそのようにフィードバックするのは効果的ですが、「動いている時は分からない」ことを前提とすべきです。そして、自分の体にどういう力がかかっていて、その時にどこで力を発揮しているのか、という理解を共有すべきです。
今この部分を使っている・そこは使っていない・ここに体重が乗っている…というイメージは実感として分かりやすいですから。肩甲骨を寄せる、胸を反るといった話題も、ここの筋肉を使って、ここを収縮させてといった表現を使います。「もう少し体重を前に乗せて」「もっとお尻を使って」「ふくらはぎが使えてないよ」といった伝え方が分かりやすいと思います。
正しく体を動かすために自分の知覚に鋭くなる
小泉氏:傍で見ていて説明している時には、確かに膝が内側に入っているとか、胸椎が丸まっているとかいう話にはなりますが、それはあくまでも客観的な話です。イメージするには良いと思いますが、本人が理解するためには一人称で分かる感覚の方が大事だと思います。それをこちらがいかにちゃんと伝えられるかということが大切です。
ですから、ベクトルがどっちで、その時に関節がどっちにあって、結果的にこの筋肉の遠心性収縮(筋肉の長さが伸びる収縮)を使っている、というイメージが傍で見ていて分かることです。そしてそれがちゃんと伝えられると、言われている方もわかってくれるかなと思います。
―膝がどう向いているといった客観的な情報はどうしても見られませんから、主観的な情報として自分で知覚ができるものに鋭くなっていきましょう、というところでしょうか。
小泉氏:そうですね。そこに落とし込んでいくことが大事だと思います。ですから、こっちに体重が乗っているとか、こっちに傾いでいるとかいう話になってくるかなと思います。
―先生が見られているアスリートの方はそういうものが鋭い方が多いでしょうか。
小泉氏:鋭いか、間違っているかのどちらかです。完全に間違っているケースもあります。上手くできているように感じているかもしれませんが、「それ違うから」という話をします。修正のやり方は、そういう風にした方が良いのです。
見た目は上手くできているように見えているけれど、実際に体重をかけるのはそこじゃなくてもっとこっちだよ、という話をしないと、質が変わらないと言いますか。形だけ変えてもしょうがありませんし、質が変わる方が大事だと思います。スクワットをやっていて、スクワットの姿勢は良くても踵に体重が乗っていたら意味がない、という話です。
もっと体重を前に乗せてという話になった時に、体重が前に乗るのを後ろで支えるということが成立して初めて正しい。パーツパーツの見た目の問題ではありません。そういうところはあるじゃないですか。
―なるほど。それは非常によく分かります。
効果的に知識を伝えるには「100点を狙うな」
―まだ指導し始めの方は、自分では上手く伝えらたつもりでいても、相手に正しく伝わっていない場合がある印象です。
小泉氏:そうですね。それと、あれもこれも言いすぎてしまう場合があります。そうすると、その心は、というのが全然分からなくなってしまいます。最低限じゃないと駄目です。
ですから順番で、これが1番、これが2番、これが3番、といった感じで本来は伝えるべきで、あえて言わない場合も当然あるわけです。全部言ったら混乱してしまうので、今日のところはとりあえず70点で、という。最初に多くを言ってしまうと何が本当に大事なのか分からなくなります。そういう取捨選択というのも大事だと思います。
最初から100点を狙っても駄目だと思います。しかし、どうしても色々勉強して色々考えだすと、色々見えてくるじゃないですか。知識としても経験としても、見えた方が断然良いとは思います。
ただ、どうしても60点のものを一気に100点にしたくなってしまいます。それは一気にはなりませんから、とりあえず今日これを言えば80点にはなるよね、とりあえず80点でいいや、という風にしておいて、そこから段階的に上積みをしていくと良いかな、と。60点はまずいけれども80点なら合格だな、でもそれ以上やったら逆にこの80点の定着率が悪くなってしまうな、とそういう風に考えることはあります。
その辺りの足し引きは中々難しいところです。最初から100点を狙うな、100点を狙っても良いことはないよ、という話はよくします。
メッセージを伝えるのもトレーニング
―そういった取り組みは、最終的には怪我の予防だったりパフォーマンスの改善・向上だったりということに繋がっていくパターンが多いのでしょうか。
小泉氏:そうですね。運動効率が良いと怪我のリスクは減りますし、と同時に効率が良いわけですから当然パフォーマンスは上がります。
ただ最初からパフォーマンスアップは狙わずに、まずはトータルの効率を高める、上げるというところがまずは第一になります。
―それをやろうとすると、物体が重力下で動くということそのものをある程度理解していないと難しい部分がありそうです。
小泉氏:そうだと思います。それを視覚的に分析ができるようになっていく必要はありますが、なんとかかんとかそれを説明しながら、ということです。それを伝える技術もトレーニングだと思います。
次回は、良い歩行の条件と歩行の質を高めるエクササイズについて伺います。
※インタビュー協力:Perform Better Japan