歩行中の「つまずき」は転倒の最も主要な原因です。
臨床現場で、歩行中の「つまずき」による転倒を軽減するために、どこに着眼点をおいて歩行分析をすればよいでしょうか。
歩行中の「つまずき」には、歩行時のクリアランス低下が大きく関与しています。
歩行時のクリアランス低下は、股関節・膝関節の屈曲と足関節背屈により規定されており、その角度が重要となります。
この記事では、歩行分析における着眼点として、歩行時のクリアランス低下の原因と改善について解説致します。
歩行時のクリアランスとは?
歩行時のクリアランスとは、遊脚期における足底部から床面までの距離であり、歩行中のつまずきやすさを表す指標です。
トゥークリアランス
トゥークリアランスとは、「足尖と床面との距離」を示します。
詳細には、「遊脚期におけるつま先の軌跡の最も低い高さ」と定義されており、平地歩行におけるトゥークリアランスは、1〜2.4cmの範囲にあると報告されています。
トゥークリアランス の重要性
まず、トゥークリアランスの重要性について考えてみましょう。
トゥークリアランスにおける加齢の影響を調べた研究では、加齢の影響を認めないという報告がある一方、60歳代と70歳代を比べると有意に低下したとの報告もあります。
また、転倒経験者と非転倒経験者のトゥークリアランスを比較した研究では、転倒経験者のトゥークリアランスは1.2cm、非転倒経験者のトゥークリアランスは15.2cmで有意に差があることを示しています。
つまり、トゥークリアランスは加齢による影響と、転倒への影響が大きく、臨床現場において高齢者の歩行分析をする上で、大変重要なポイントであると言えます。
トゥークリアランス の運動学的に説明
次に、トゥークリアランスを運動学的に説明します。
トゥークリアランスは、股関節・膝関節の屈曲と足関節の背屈によって規定されています。
平地歩行のトゥークリアランスは、歩行遊脚期の股・膝・足関節の複雑な相互作用によって作られます。
特に、前遊脚期が重要な役割を果たしています。
前遊脚期では、中足指節関節を支点に足部が回転、脛骨が前方に移動することにより、結果的に足関節底屈と膝関節屈曲が同時に起こります。
ほぼ同時に、長内転筋群の作用により、股関節の屈曲が生じます。
この長内転筋の作用により受動的に膝関節が屈曲します。
この前遊脚期で発生した運動は、遊脚初期でも維持されると同時に、縫工筋や腸骨筋、薄筋の作用で股関節が屈曲するのに伴い、さらに膝関節が受動的に屈曲、大腿二頭筋長頭も共同的に作用して、屈曲角度を増していきます。
その後、下腿部の重さを利用した振り子様の動きにより足部が前方へ移動し、これがトゥークリアランスとなります。
この際、トゥークリアランス確保のために前脛骨筋や長趾伸筋や長母趾伸筋が作用します。
つまり、トゥークリアランスを確保するためには足関節背屈が重要ということです。
遊脚期の下肢関節角度と活動する重要な筋は下記でご紹介していますので御覧ください。
ヒールクリアランス
ヒールクリアランスは「踵と床面との距離」を示します。
ヒールクリアランスは踵の引っかかりの指標となります。
特に、階段降段時に踵は、階段の端に最も接触しやすく、踵引っかかりによる転倒と密接に関係しています。
階段昇降の速さが早いほど、ヒールクリアランスは短縮します。
歩行時のクリアランスが低下する原因
歩行時の転倒に大きく関与しているトゥークリアランス低下の原因について述べます。
さまざまな研究において、トゥークリアランス時の下肢関節角度は、高齢者において低下しないことが示されています。
ではなぜ、高齢者はつまづきによる転倒が多いのでしょうか。
トゥークリアランスの平均値は、若年者と高齢者に差はないものの、ばらつきには有意な差があることが示されています。
そのトゥークリアランスばらつきは、遊脚期の足関節角度と膝関節角度のばらつきと関連しています。
つまり、つまずき易い高齢者は、トゥークリアランスが常に低下しているわけではなく、トゥークリアランスが高い歩行周期と低い歩行周期があり、トゥークリアランスが低い歩行周期につまづきによる転倒を起こしていることが考えられます。
転倒群と非転倒群のトゥークリアランスを比較した研究では、体幹動揺のばらつきが、遊脚期の足関節角度および膝関節角度のばらつきを生じさせている可能性が大きいことを示しています。
また、遊脚期側下肢を支える立脚期のバランス能力も影響が大きいとされています。
このように、トゥークリアランスが低下する原因は、遊脚期下肢の機能はもちろんのこと、中枢である体幹、バランスを支える立脚期側の足の機能も影響するということです。
片麻痺歩行のクリアランスについて
片麻痺歩行では、尖足や下垂足といった言葉で表されるように、遊脚期の下肢の屈曲運動が障害される一方、骨盤挙上や分回しと言われる特徴的な運動を呈します。
これらの運動は、下肢の屈曲運動の減少を補ってトゥークリアランスを確保するための代償運動であると解釈されています。
歩行時のクリアランス低下の改善方法
歩行時のクリアランス低下の改善方法は、原因によってさまざまです。
それは、歩行時のクリアランス低下の原因で述べたように、遊脚期下肢、体幹動揺、立脚期下肢のバランスなど、さまざまな要素がクリアランス低下に関与しているからです。
また、片麻痺歩行のクリアランス低下における代償運動の分析から、下肢抹消から中枢である骨盤や体幹までの連続的な歩行動作を捉える必要があります。
歩行時のクリアランス確保の点においては、足関節背屈が最重要であり、遊脚期における足関節の角度維持は、つまずきによる転倒を防止することに繋がります。
〈参考文献〉
1)相馬正之:歩行時のToe clearanceと足趾把持力について-転倒予防の観点から-.Japanese Journal of Health Promotion and Physical Therapy Vol.6,No.1:1-7,2016
2)松田文浩・他:脳卒中片麻痺のToe clearance獲得戦略.Japanese Journal of Rehabilitation Science.2016
まとめ
歩行時のクリアランス低下の原因と改善について解説致しました。
歩行時のクリアランス、特に「つまずき」の原因となるトゥークリアランスを確保するためには足関節背屈が重要となります。